リョ桜でお題

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 「この恋は話せない」  *付き合う二人に1〜20のお題より*
 大学構内のエレベータ内。
 不意に聴こえたその名前に、桜乃は思わず目線をそちらに向けた。

 桜乃はその名前をよく知っている。それはこの世で一番大事な人の名だ。
 しかしそれを口にした声の主は、顔も知らない女生徒だった。つい先頃このエレベータに乗ってきたうちの一人だ。
 彼女らは三人ほどで固まって、愉しげに会話に花を咲かせている。

「もー、マジでかっこいいよね」
「私もスポーツになんか興味ないんだけど、特集号だったから雑誌まで買っちゃったよー」
「あーんもう、抱かれてみたーいっ」

 そんな会話の内容に、一度向けた顔をすぐに背けた。
(……やだな、聞きたくない)
 しかしこの狭い密閉空間では、声は嫌でも届いてしまう。
 早く逃げたい。
 切な思いでドア横の表示を見詰める。
 点灯ランプが移り変わって目的の階に近づいてゆく。いつもならさして気にならないその時間が、今ばかりはいやに長く感じる。

「うわ、何言ってんのこの人」
「気持ちは分かるけどねぇ」
「えーっ、いいじゃん、どうせ今彼氏いないし。
身近に男がいない時ぐらい身近じゃない男に心奪われてたってバチは当たんないって」

 きゃはははは。
 邪気のない談笑。なのにそれが、桜乃にはことのほか痛い。
(やめて)
 その人の名を、そんな安易な気持ちで口にしないで――――――

「あーでも、絶対有り得ないことだから言えるっていうの、ない?」
「あっ、あるある!」
「芸能人と付き合ってみたい、とか」
「住む世界が違う人だからこそ、夢が広がるというかー」

 拷問のような時間が、じりじりと勿体ぶるように過ぎ去ってゆく。

 ピンポーン、呑気な音が到着を告げる。
 開いたドアの間に滑り込むようにして、桜乃は逃げるようにエレベータを後にした。
 空気を伝って追ってくる声を振り切りたくて、早足で次の授業の会場へと急ぐ。

 まだ予鈴前の教室は閑散としていた。手近な椅子の一つにどさりと座り込んだ桜乃は、荒い息をなんとか正そうとする。
 まるで全力疾走でもしたかのような息のあがりようだ。もしかしたら自分でも気付かない間に、ずっと息を止めていたのかもしれない。
 頭の中では先程聞いた会話がまだぐるぐると巡っている。

 なんてことはない、他愛ない話題だった。流行りのファッションやバイト先での苦労話などと同レベルの、女子大なら敷地内のどこにでも転がっているような、極めてありふれた内容。
 普通なら、気にも留めないだろう。
 ただしそれは、“聴いていたのが桜乃でなかったら”の話だ。

「…………っ」
 桜乃は震える唇をきゅっと噛みしめた。
 この時間は同じ授業を履修している友人がいなくて、今一人だったのは不幸中の幸いだった。
 きっと、ひどく醜悪な顔をしていただろうから。




 中学卒業と同時に渡米したリョーマは、今でも向こうに住んでいる。
(もっともそれは自宅がそこにあるというだけで、彼自身は世界中を飛び回っているのだろうが)
 最後に会ったのは半年前だっただろうか。忙しい彼は年に一度ほどしか日本に帰ってこない。
 彼の性格を考えれば、それでもまだいい方なのだろう。
 しかしこの数年間に彼と会った回数は、片手で数えてもまだ指が余る程度。
『恋人同士』だという前提で語るなら、それは少なすぎる数字だ。

 高校時代は、まだ良かった。プロ養成の名門校に特待生として迎えられた奇才とはいえ、ただの留学生に過ぎないならば、知名度とて大したことはない。
『越前リョーマ』の名が噂話に上るのは、彼と同じくテニスを嗜む者や、青学の生徒間ぐらいのものだった。その程度ならば、中学時分と特に変わりもない。
 桜乃の名前まで知っているのはごく近しい者だけだったが、「越前リョーマの交際相手」の存在自体は暗黙の了解のように伝わっていた。
 しかし、プロの世界に足を踏み入れた今は、そうもいかない。
 実績があり将来的な見込みも高く、おまけに写真栄えする容姿ということもあって、『期待の新星』が記事になる機会は格段に増えた。
 本人にしてみれば、好きでテニスをやっているだけで、自分が特別な人間だなどとは考えてもいないだろう。
 しかし世間は既に彼を芸能人だと認識してしまった。今はテニスとは何の関係もない人間でも、彼の名は一般常識として知っている始末だ。
 そしてその交際相手でありごく一般人である桜乃の存在は、公には伏せられている。
 そのため、あのような話題が公然と口の端に上るのだ。
 すぐ側で聴いている桜乃が彼の恋人だなどとは、夢にも思わずに。




「……ただいま…」
 電気の消えた薄暗い部屋にそう呼びかけても、返事があるはずがない。
 一人暮らしでも帰りの挨拶を欠かさないのは普段からの習慣によるものだが、今日はそれが一段と空虚しく聞こえた。
 桜乃は灯りも点けないまま歩いて、ベッドの上にどさどさと荷物を下ろす。そしてそのまま、自分もその上に倒れこんだ。
 このベッドで抱き合って眠った夜は、ついこの間のようなのに。
 ベッドだけではない。クローゼットには彼が置いていったシャツが下がっているし、食器棚には揃いで買った色違いのマグカップが二つ並んで鎮座している。

 この部屋には彼との思い出が溢れている。
 なのに、どうしてこんなに不安な気持ちになるのだろうか。

 掛け布団に顔を埋めるようにして体を丸める。
 長い時間を経て何度も洗濯を重ねたシーツは、彼の匂いを伝えてはくれなかった。





 今すぐに会いたい。
 会って、名前を呼んでほしい。
 安心させてほしい。二人は大丈夫だと。
 他人の言葉など、そんなものは、なんでもないのだと。
 そう、当たり前のように言い放って、一人で勝手に不安になる私の弱さを笑ってほしい。


 ああ、でも、
 知られたくない。
 他人の馬鹿げた言葉に、こんな不安な気持ちになっている、
 こんな、醜い私は――――――――







 世間に知られてはいけない。あの人とのことは。
 あの人に知られてはいけない。こんな気持ちを抱いていることは。


 ああ、この恋は。








 この恋は、話せない。



writtenby弥野由高 | トラックバック(0) | コメント(0) |permalink
幸せなキス*付き合う二人に1〜20のお題より
「ひゃ!」


桜乃は驚いて手を反射的に引く。
だが、その力を上回る強さで
それでもどこか優しさの混じる手で、リョーマは桜乃の手を引いた。


「ダメだろ、竜崎。ちゃんとしとかないと」
「でででで!で、でもっ・・・!リョーマ君、あのっ、あのっ」
「すぐ終わる。ちょっとだまってて」


彼女の手を握る手にまた力を入れて、リョーマが語気を強めると、桜乃は小さくうめいて少し大人しくなった。
しかし、湧き上がる恥ずかしさに抗えないのか、リョーマの手の中の桜乃の指がまだちいさくもじもじと動いている。
その様子に、リョーマは少し口の端を持ち上げながらもそ知らぬふりで
ふたたび桜乃の手に目を落とした。

先程桜乃が木の枝に触れたとき、どうやら小さな棘が刺さってしまったようだった。
ボールを拾おうとして、ふと寄りかけた何気ない木。
桜乃は思わずあがった自分の声に、驚いて振り向いたリョーマから隠すようにしてさっと手を下ろした。
だがすぐに事態を察知したリョーマが桜乃の手を掴んだ途端、先程の声が上がったのだった。



白くて細い手。
リョーマは自分の腕と桜乃の手のコントラストの強さに、ふと眉根を寄せる。
何故だが、急にそれがとても眩しいものに見えて僅かに胸の奥がぎゅう、と締まった。

(すごく…白いし。)

その白い手の平にできた、小さく赤い点がやけに痛々しく見える。
幸い、棘は指で何とかつまめるほどのものだったから、リョーマは迷わずそれを引き抜いた。

「…っ」

同時に、桜乃がリョーマの頭上で息を飲む。
抜いた痛みに、その目じりにわずかに涙が滲んだ。

桜乃は、きゅ、と唇をひきむすぶ。


それが涙をこらえようとするための物だったのか、何なのかリョーマには分からなかった。

ただ、気付くと
桜乃の目じりに浮かんだ涙を、唇で抑えていた。

(…甘、い)

自分の取った行動に気付いたのは、リョーマが先だった。



「リョ・・・!!」

ワンテンポおくれて桜乃の体が跳ね、大きく後ろへ下がろうとした。
だがリョーマは細い肩をつかんで、それ以上離れる事を許さない。
そればかりか、更に力をこめて桜乃の体をぐい、と引き寄せた。


「竜崎って、甘い」
「リョ・・・!?な、何…!?」


だから。


そういいながら、リョーマは真っ赤になってしまった桜乃の唇へ、自身のそれを確かめるようにゆっくりと重ねた。

(あー。そっか)


重ねた唇から溢れるように何かが伝わってくる。
小さく震える肩も、リョーマにはただ胸の奥をかきむしりたくなるような愛しさを沸き立たせるものだった。


(俺、こいつのこと、好き、なのかも)


リョーマは名残惜しくて、桜乃のつやを帯びた唇に小さく啄ばむ様にもう一度キスをする。
そっと体を離して顔を覗き込むと、桜乃は全身が赤く染まりその白い手をきゅう、と胸の前で
あわせていた。

「竜崎、って。やっぱ、甘いね。」


少しだけ茶化すように行った言葉に、桜乃はそっと顔を上げる。

ふと合った、桜乃の瞳は涙で潤んでいた
けれど、リョーマと目が合った瞬間二人は小さく笑いあっていた。



初めて恋を知った、暖かくて、甘い   キス。

writtenby仲原あすか | トラックバック(0) | コメント(17) |permalink
画像テスト〜
テスト(バナー)


バナーとか作ってみたり…。
writtenby弥野由高 | トラックバック(0) | コメント(100) |permalink